リテールデザインにおける勝利のコンセプト

インタビュー:  チャールズ・フリーストーン (Charles Freestone)

リテールデザイナーのチャールズ・フリーストンさんが、競合相手に打ち勝つための店舗デザイン戦略を語ります。

 


「店舗ディスプレイでは、他社ブランドに先駆けて自社製品に注目してもらうために、常識を打ち破る発想が重要です。」



チャールズ・フリーストーン- 私はリテールデザイナーとして、コンセプト作りとコンセプトスケッチを専門としています。店舗デザインなど、小売業向けのデザイン業界で活動して30年になります。

この業界を説明するために、私の経歴を少し紹介しますね。イギリスのミッドランド地方にあるストーク・オン・トレント市の大学でデザインの学位を取り、そのまま中堅デザイン会社に就職して、小売業向けのデザイン業務を始めました。この会社は、小売向けのディスプレイ什器や販促ツール全般のデザイン・製作を行っていました。

ジュニア・デザイナーとしてスタートした私は、先輩デザイナーたちのビジュアルを完成させることで注目を集めようとしました。退社時間になりみんなが帰宅する中、私は残業してビジュアルを仕上げ、少しでもプレゼンのプラスになるよう努力しました。当時は使っていたのは、マーカー用紙と、懐かしのガラス瓶に入った「マジック・マーカー」でした。あれは大変な仕事でしたね。ほとんどのビジュアルプレゼンテーションは、ロレアルやケンウッドなどロンドンの有名企業向けなので、一発必中のデザインでなければなりませんでした。私は下っ端だったので、事務所の掃除やインクの補充などの雑用が主な仕事でした。

 

つけまつげ用カウンター什器の簡単なコンセプトスケッチ

1年後には自分で作品を制作してプレゼンできるようになり、若くてやる気のあった私は注目されるようになりました。さらに1年後、新進気鋭の会社から声がかかり、そのチャンスに飛びつきました。2年後にまた別の会社から声がかかり、そこには才能豊かな人々や過去に一緒に仕事をした人たちが集まっていました。ただこのとき違っていたのは、私が彼らと同じレベルに立っていたことです。私はこの新しい会社の4人目の社員でした。半年後に社員は15人になり、さらに半年後には30人になりました。19年後にこの会社を辞めたとき、私は取締役兼クリエイティブディレクターとして、15人のデザイナーとさらに50人の社員を抱えていました。

もうこの時には新しい挑戦をする節目だと思ったので、会社を退職し、所有していた株も売却して、自分で事務所を立ち上げました。この会社は、妻のアリソンと8年間経営しました。世界中にクライアントを持ち、店舗、床置きディスプレイ、店頭POP、展示会用什器など、デザインしたものはすべて制作しました。

1年前に、私たちは会社を売却して、デザイン業務に専念するためにWOW Designを設立することにしました。私はフリーランスデザイナーとして、ロレアルのアメリカ法人やイギリスの大小さまざまな企業に対して、クリエイティブなコンセプトやスケッチを提供しています。新しい仕事はスタートアップ企業向けがほとんどで、大手のデザイン事務所に多額の費用は払えないけれど、デザインのプロに力を借りたいというニーズを持っています。そのため、お互いにメリットが享受できる関係になっています。

店舗内に設置されたポップアップ・ディスカバリー・バー。ポップアップ式のテーブルで、顧客が店内を見回りながら相談できるデザインに。
 

競合との差別化

この15年間、リテールデザイン業界の競争はすさまじいものがありました。1980年代後半から90年代前半に成功していた数社では、デザイナー、セールスマン、生産管理者などの社員が突然次々と辞めていき、自分の会社を立ち上げるようになりました。つまり、新しい事務所が一斉に同じ顧客を奪い合うようになったわけです。美容、ヘルスケア、フレグランス業界の企業に対して、それまで2、3社で売り込みをかけていたのが10社になりました。

クライアントの要望や期待に応えるのは簡単なんですよ。でも、自分の作品を競合相手と差別化するところでは、頭をフル回転させてプロジェクト全体を完全に掌握する必要があります。店舗ディスプレイでは、他社ブランドに先駆けて自社製品に注目してもらうために、常識を打ち破る発想が重要です。私は、このように他人には見えない「何か」を発見することが得意なのかもしれません。

壁面什器のコンセプトデザインを現場で描き、電車の中で彩色し、現場視察から1時間以内にクライアントにメール送信。手早く描いたラフスケッチでもクライアントからはGOサイン。

また、アイデアをできるだけ素早く描き出すと同時に、スマートで自信にあふれたスケッチに仕上げることも難しい課題です。多くのデザイン事務所は、コンピュータで生成したCADのビジュアルに頼っています。言っておきますが、これはこれで素晴らしいものですよ。でも、プレゼンの冒頭からクライアントを惹きつけ「おっ!」と言わせたいなら、魅力的な手描きスケッチに勝るものはありません。

長年の間、A2やA3のレイアウトペーパーやコピックマーカー、コピックのペン先やインクなどを、キャビネットや図面庫に絶えずストックしていました。毎年もっと良いものを買うために、何千ドルも費やしていました。典型的なプロジェクト1件で、A3用紙を20枚と黒のフェルトペンを5本使い、15本のマーカーペンに新しいインクを補充していました。ちなみに、私は4人いるビジュアライザーの1人で、毎週6~8件のプロジェクトを担当していました。

ロンドンのショッピングセンター向けに作成したサロン・キオスクのレイアウト。ラフデザインをクライアントに送り、サイズと商品の配置を最初に承認してもらった。
 

プロジェクトに対する取り組み方

デザインブリーフの作成はメール経由で行うか、クライアントと直接面会して要望をヒアリングしています。商品や広告など、商品に関わるあらゆる情報を提供してもらいます。セールスポイント、ベネフィット、カラー情報などをすべて提供してもらう他にも、クライアントが特定のスタイルやカタチにこだわりを持っている場合もあります。十中八九はクライアントの要求に完全に応えますが、店内で商品をより目立たせることができるアイデアがあれば、別の提案も出しています。

私は、ルールや決まりに対しては柔軟な考え方を持っています。仮にデパートから特定のサイズやエリアを制限されても、私たちは常に限界に挑戦して、クライアントのブランドを際立たせ、最終的に買い物客を惹きつけるために最善を尽くします。

エレクトロニクス製品の展示スタンド、初期のスケッチデザイン。

ムードボード、イメージボード、ファッションスタイルボードなど、プレゼンテーションに必要なボードを追加するのも役立ちます。コンセプトスケッチに実際の写真を添えて、金属、木材、プラスチックでそれぞれの完成イメージを共有することはとても重要です。

園芸用品のためのシンプルな展示スタンド

プロジェクトの最初の段階で、クライアントの予算をきちんと考慮しておくと良いですね。そうすることでコンセプトが立案できるようになります。クリエイティビティを追求するほど、ディスプレイの製作費用はかさみがちですから。さらに、顧客の注意を引き、貴重な30秒間を費やして購入を検討してもらうために、新しい方法で目立つディスプレイを作ることもできます。デジタルサイネージ、インタラクティブサイネージ、タブレット型製品情報パネル、ホログラムディスプレイなどがそうです。

ウィンドウの看板と商品のディスプレイ台を現場でスケッチ。実際に路上から店頭を眺めながら、クライアントに完成イメージを提供。
 

コンセプトとWOW Design

デザインコンセプトの作成には、12.9インチのiPad Pro、コンセプトのアプリ、AdobeのCreative Suite (主にIllustratorとPhotoshop) 、27インチのiMacを使っています。外出先では、プレゼンなどに便利なMacBook Proも使います。

デザイナーとして最高のツールは、間違いなくiPad Proとコンセプトですね。ここ2年以上、デザイン業務で紙を使っていません。素早く何かを作成して、画像や色、クライアントのロゴ、図形、自社のロゴなどをプレゼン資料に追加できるのは、本当に素晴らしいことです。

おかげさまで作業が超高速化し、デザインをそのままオフィスのiMacに送信したり、直接クライアントにメールしたりできるようになりました。会社のロゴをiPadに保存しておけば、デザインしたページにロゴを入れられるので、作品の保護にもなります。

メイベリン向けのコンセプトカラーのスケッチ

他のデザイナーたちがこのアプリで作成した作品を見ると、その素晴らしさに感動します。私が描いたものは手早く大雑把で、少し不格好なときもありますが、アイデア自体は使えますし、思考プロセスに沿って業務を進めることができます。ありがたいことに、私のコンセプトや対応の速さはクライアントから好評をいただいています。そのおかげで、人脈を生かして私のスケッチから3Dレンダリングのビジュアルを作成するなど、プロジェクトをさらに発展させることができるようになりました。

フロア什器のデザインコンセプト。トラベルサイズ商品の陳列用に、旅行用トランクをイメージしたデザインに。右側は制作して店舗に納品した実際の什器。

コンセプトアプリのおかげで、電車やカフェ、クライアント先など世界中のどこにいても、リテールデザインのコンセプト作りができるようになりました。このアプリは、私の働き方に改革をもたらした、必要不可欠な存在です。

何か変えてほしいことがあるとすれば、もっと大型のiPadが発売されて、大画面で描けるようになるといいですね。Appleさん、ぜひよろしくお願いします (笑)。MicrosoftのSurface Proも良さそうなんですが、もうかれこれ20年もMacユーザーなので、違うハードウェアを使いこなせるかどうかが悩ましいところです。

 


 


チャールズ・フリーストーン (Charles Freestone): リテールおよびブランディングのコンセプトデザイナーとして30年以上の経歴を持つ。ロレアルの米国および英国法人、サムスン、クラランスなど多数ブランド向けのデザインを手掛ける。かつては紙ベースでデザインコンセプトを作成していたが、iPad Proとコンセプトで働き方が一変。世界中どこでも、クライアントの目の前で、あるいはコーヒーを片手に素早くデザインを作成することが可能になった。

 

インタビュー: Erica Christensen
翻訳: Wakana Nozaki


 

おすすめ記事

Astrea浄水ボトルのプロダクトデザイン -プロダクトデザイナーのバート・マッシーさんに、重金属を除去するAstreaの携帯浄水ボトルを製品化するまでのザインプロセスを伺いました。

Architectural Design Sketching on the iPad (英語) - 建築家のAmin Zakariaが、コンセプトのグリッドとライブスナップ機能を活用したデザインワークフローを紹介します。

Vintage Design Elegance (英語) - グラフィックデザイナーのTerrance Lamが刷新した Enrico Winery のワインラベル。その息を呑む美しさの制作過程をご覧ください。