巨大アートに挑戦 メルボルンが舞台のアートトラム制作

インタビュー: ニェイン・チャン・アウン (Nyein Chan Aung)

ニェイン・チャン・アウン氏がコンセプトでデザインした、メルボルン国際芸術祭のアートトラムを紹介します。

アートトラム「The Late Supper」写真提供: James HH Morgan
 


「The Late Supper」は、メルボルンの多様性、コミュニティ、文化を表現する試みです。」



ニェイン・チャン・アウン - はじめまして、ニェイン・チャン・アウンです。工業デザイナー、デザインリサーチャー、そしてアーティストとして活動しています。生まれはミャンマーですが、アメリカとオーストラリアで学び、2016年にオーストラリアに永住することを決めました。アートとデザインは、私の生きがいであり、生存本能とさえいえるかもしれません。

一時期、本当にワクワクするようなプロジェクトにしか関わらない、というミッションを自分に課していました。そこで掲げたモットーは「ニェイン、クールなものを作る男」でした。そこからプロジェクト探しの旅が始まり、工業デザインの博士号を取得するに至りました。博士課程は、産業界と連携したいわゆる実践型 (スタジオ型) のプログラムでした。実践型のデザインリサーチとは、新しい知識に貢献するために何かを「デザイン」することです。 プロジェクトでは、睡眠と飛行機旅行がテーマだったので、エコノミークラスの快適な睡眠をサポートする機内コンセプトをデザインしました。この成果は非常に高く評価され、いくつかの重要なデザイン上のブレークスルーにつながり、現在特許を申請中です。

それ以降は、モビリティ、ヘルス、ウェルビーイング (移動、健康、心身と社会的な幸福) に関わるデザイナーとして、自分を確立したいという思いが強くなりました。現在は、Design Health Collabでシニア・デザインリサーチャーとして働いています。ここは、インパクトのあるヘルスケア製品やサービスを共同で研究・創造するためのデザインリサーチ研究所で、 モナッシュ大学のアート・デザイン・建築学部 (MADA) 内で運営されています。ここでは週に3日ほど仕事をしています。また週1回程度、MADAのインダストリアルデザインとインタラクションデザインの講義を受け持っています。そして残りの週1日で、自分のアートに打ち込んだり、デザインのコンサルティング業務を引き受けたりしています。
 

デザインや創造のインスピレーションとなるものは何ですか?

人間と自然ですね。人間の行動や生理、そして身の回りの自然界から常に学び、影響を受けています。
 

メルボルン国際アート・フェスティバルでのアートトラム部門受賞おめでとうございます!素晴らしい作品ですね。アートを通じて、街や世界とどんなことを共有されたのでしょうか?

「The Late Supper」ニェイン・チャン・アウン制作

出品した「The Late Supper」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」(英題 "The Last Supper", 制作年1495-1498)を私なりに解釈した作品です。「 最後の晩餐」と同じように、この絵でも晩餐を楽しむ人々が描かれています。しかし、共通点はそこまでです。「最後の晩餐」は、イエス・キリストと使徒の最後の食事風景を表現していますが、「The Late Supper」は、メルボルンで老舗の深夜食堂Supper Inn Chinese Restaurantに集う無名の客 (1人例外がいますが) をスケッチしたイラストレーションです。

イラストレーションは、お客さんや店内を完全に再現しているわけではありません。ここに描かれている人々は、実際に同じ時間帯にレストランにいたわけでもないし、その多くは相席すらしていません。この絵で特定できる唯一の人物は、構図中央の女性だけです。 彼女は、私の妻であり女神である、ティン・ティン・カイン博士です。私は他のどの被写体よりも、彼女を数多く描いています。

「The Late Supper」は、メルボルンの多様性、コミュニティ、文化を表現する試みです。メルボルンの食の風景は、Supper Innなしでは考えられません。同様に、メルボルンの文化は、その驚くほど多様なコミュニティなしでは認識できないでしょう。いつでも深夜にSupper Innを訪れれば、その情緒が伝わると思います。そこには毎晩、あらゆる職業や社会的地位、文化背景を持つ人々が、一日を締めくくる一皿のために集まってくるのです。
 

この作品の制作プロセスを教えてください。

デジタル創作のために、特別な手法を学んだり構築したりしなければならない時代は終わりつつあると思います。本物の紙と鉛筆で描くような自然な描き心地には到達しないでしょうが、それでも、デジタル制作の難易度はますます低くなっています。

つまり、私の制作プロセスは、デジタルでもアナログでもさほど変わらなくなったということです。最初は、被写体と構図のアウトラインを鉛筆でスケッチします。気に入った線をインクペンのような太字ツールで清書してから、明度を作り、明るい色相から暗い色相へと描き進めます。

線画

背景

着色
 

高度な手法を使う必要はなく、目的が達成できればいいのです。大切なのは、「コンセプト」です。 (今のダジャレ、分かりました?)

私は、鉛筆でアートやデザインを学び始めました。昔のプロジェクトはすべて鉛筆で描き始め、今のプロジェクトもすべて鉛筆で描き始めています。違いは、鉛筆がアナログかデジタルかということだけです。 
 

トラムのような巨大アートを制作するのは大きな挑戦ですよね。どのようなアプローチで制作されたのでしょうか? 

トラムアートの制作は、文字どおり「大きな」挑戦です。キャンバスとしてのトラムは、実にユニークな存在です。車体には、エンジニアリングや運用上のパラメータにより絵が描けない部分があります。また、構造的、空気力学的な理由から、表面は複雑な形状をしています。さらに、移動するという用途があります。そこで、私も他の工業デザイナーと同様に、まずは何枚もスケッチを描いて、乗り物を理解することから始めました。そしてキャンバスを熟知した上で、パラメータやプロポーションに適した構図のブレインストーミングに取り掛かりました。

トラムの車両図面に貼り付けられた作品
 

コンセプトとSurfaceのタブレットを使って作品を制作されたそうですね。Surfaceでデジタル制作するメリットは何でしょうか?作品を完成させるのに、コンセプトがどのように役立ちましたか?

アート制作ができるのは仕事の合間に限られているのが現状ですが、職場と家が離れているので、片道1時間ほどかけて電車通勤をしています。Surface Book 2 は携帯性に優れているので、仕事と創作活動をスムーズに切り替えることができます。電車の中でトラムの絵を描く、という作業にとても便利でしたよ。

「 The Late Supper」は、メルボルン国際アートトラムプログラムのEOI (関心表明) として特別に制作したものです。 作品は印刷されて巨大な車両に貼り付けられることは知っていたので、デジタルで制作することにしました。ただ受賞した場合、どの車両モデルに貼り付けられるのかまでは分かりませんでした。そのため、ある程度は解像度非依存で、簡単に修正できる作品にしておく必要があったので、コンセプトで制作することを選びました。

メルボルンには、2014年時点で約501台のトラム車両があります。車両は7種に区分されており、区分ごとに異なるモデルがあります。採用される可能性のあるトラムは、1両編成から5両編成まで予想のつかない状況でした。メルボルン国際アート・フェスティバルの主催側からは、D1形のトラムに基づいてEOIを提出するようにと言われたので、その指示に従いました。幸運なことに、主催者がD1形を採用してくれたので、あまり修正せずに済みました。あとは主催者側のグラフィックデザイナーから、とても良い提案を頂いたので、その助言をもとに高さを加えたり、構図を少し入れ替えたりしました。
 

目標や挑戦のために大きな作品を作りたいと考えている人たちに向けて、何かメッセージはありますか?

今はテクノロジーが味方になる時代です。デジタル上であらゆる形状やサイズの表面を作成し、デザインしながら自由自在に拡大縮小することができます。デザインを実際のキャンバス、壁、トラムなどに配置する際には、デザインを印刷して圧着する方法や、ガイド用にマークやアウトラインをつけてから描画・塗装する方法など、さまざまな方法があります。なので、「どうやって作るか」を心配するよりも、「どのようなアートやイメージを世界に発信したいのか」をよく考えるといいと思いますよ。

出発進行を待つトラム 写真提供: James HH Morgan
 


 


ニェイン・チャン・アウン (Nyein Chan Aung): 受賞歴を持つ工業デザイナー、デザインリサーチャー、アーティスト。工業デザインの博士号を取得。モビリティ、ヘルス、ウェルビーイングが交わる分野のデザイン業務を行うかたわら、人間、場所、自然、思考をフィクショナライズし、芸術的に表現するアート制作を探求する。ニェイン氏の詳しいプロフィールや活動内容はwww.nyeinaung.comまたはInstagramをご覧ください。
 

写真提供: James HH Morgan
インタビュー: Erica Christensen (TopHatch) 
翻訳: Wakana Nozaki



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