Astrea浄水ボトルのプロダクトデザイン

インタビュー: バート・ マッシー (Bart Massee)

プロダクトデザイナーのバート・マッシーさんに、重金属を除去するAstreaの携帯浄水ボトルを製品化するまでのデザインプロセスを伺いました。


バート・マッシー:  デザインコンサルタントとして、私はこれまで多くの企業を支援してきました。現在はヒューレッドパッカード社のAdvanced Design and Strategy部門のクリエイティブ・ディレクターという肩書きですが、本業のかたわらで企業向けのコンサルティングも続けています。また前職のフィリップス社では、電動歯ブラシ「Sonicare (ソニッケアー)」のクリエイティブ・ディレクターを勤めました。Astreaボトルの案件は、世界有数の浄水技術を持つHaloSourceとの出会いがきっかけでした。

Astrea Hydrationのゼネラル・マネジャー Greg Lafata氏とお会いした際に、ミシガン州フリント市を発端に全米2000箇所以上で発見された水道水の鉛汚染問題に対して、同社の技術をアメリカの消費者に提供して問題解決に貢献したいという想いを聞かされました。

私たちが口にする水道水は、浄水場で処理されてきれいな水になります。ところが、地中の古い水道管から溶け出した鉛が、浄水処理された後の水を汚染しているのです。大量の鉛を摂取すると、子供の認知能力の低下や記憶障害、腎臓障害など、さまざまな健康問題をもたらします。全米各地に埋められた数百万本もの鉛管を交換するには、300億ドルの費用と数十年の年月を要すると試算されています。

Lafata氏は、鉛を除去する水筒を作ることでこの問題を解決し、人々の健康な暮らしに貢献したいと願っていました。そこで彼と一緒に、重金属を除去し、日々の生活に役立つ丈夫で魅力的な浄水ボトルのアイデアを出し合いました。

「最高の浄水ボトルを作るためにチームで全力を尽くす」という約束のもと、私はプロジェクト全体を手掛けることに同意しました。Astreaのサイトを見ると、同社がいかに真剣にこの問題を研究し、問題解決に取り組んでいるかがお分かりいただけると思います。すべてを科学的に検証し、認証を取得するなど、実に真摯な姿勢でこの問題に向き合っています。私も意気込んでプロジェクトを始動させました。
 

ボトルをデザインする

iPadがあれば、夜でも週末でも仕事ができます。オフィスや自宅に限らず、外出先や好きな場所で働くことができます。本業以外のプロジェクトを引き受けることができるのも、こういう働き方が可能になったおかげです。

コンセプトは、このプロジェクトを引き受ける3年前から仕事で使っていましたが、今回はデザインプロセス全体でアプリがどこまで使えるか試してみたかったんですね。この間、コンセプトの創業者 Ben Merrill氏がアメリカに来た際に、食事を共にしながらアプリの今後の機能について熱く語り合いました。そこでBenが私に語ったビジョンは、「デザインプロセス全体をコンセプトの中で完結させる」というものでした。

私にとって、コンセプトはもはやワークフローに欠かせない存在です。このアプリのおかげで、アイデア、ムードボード、コンセプトスケッチ、デザイン画などを作成し、その場でチームと視覚的にコミュニケーションをとることができます。さらに踏み込んで、具体的なコンセプトワークに取り組むこともできます。コンセプトは、デザイン業務の効率化に役立つ無駄のないツールです。

下図のビジュアルプランでは、私がボトルをデザインする際に使ったコンセプトのさまざまな活用法が示されています。製品化までに必要なすべてのプロセスが網羅されていますが、これはまさに、あらゆるプロダクトデザイナーが通過するプロセスです。

このビジュアルプランでは、デザインプロセスの全体的なレイアウトと、ブリーフィング、テクノロジー、トレンドなど個々のステップを確認することができます。これがプロセス全体のガイドとなります。

製品チームとの初期の打ち合わせでは、メンバーのためにこのプランと11枚のプロダクトディスカバリーをリアルタイムで描きました。このような方法で、彼らがプロセスを実行するために、理解したり考慮したりする必要があるすべての情報を伝えました。この案件の場合、クライアントは浄水技術の専門企業ということもあり、デザイン部門を持っていませんでした。そのため、製品化に必要なことを、極めて具体的に教える必要がありました。これらのコンセプトやスケッチは、より詳細な説明資料にするために後でパワーポイントに書き換えましたが、それでもチーム内で円滑な意思疎通を図るために大変役立ちました。

このディスカバリースライドは、無限大のキャンバスで拡大すると、それぞれのスライドをまるで1枚のスライドのように鮮明に表示できるという長所があります。

デザインプロセスの最初のフェーズは「ディスカバリー」です。ここではリサーチを行います。市場や競合他社の調査、ブリーフィングの理解 (どのようなリソースで何を達成しようとしているのか)、利用可能な技術の調査、 我々の浄水技術の理解 (Astreaボトルのデザインプロセスに含まれない部分)、私たちのゴール、ターゲットとする消費者などを研究します。ここで問題点、つまり何をデザインする必要があるのかを明確にしていきます。

問題点を深掘りしてリサーチが完了したら、アイデア出しのループに進みます。最初に、「ダイバージェンス」、つまり「思考の発散」のループから始めます。ここでは、あらゆる種類のデザインについてたくさんのアイデアを出してから、そのアイデアを探求していきます。

Pinterestとオンラインストアのリファレンス

ここでは、すでに販売されているあらゆる種類のボトルを調査しました。量販店に行って、売り場にあるすべてのボトルの写真も撮りましたね。Pinterestを大いに活用して、プロジェクト用にボトルの写真を集めた巨大なボードを作成しました。スクリーンショットをアプリに取り込んで、その周りでスケッチできるので、作業が楽になりました。ボトルの構造や形状を素早くスケッチする際には、コンセプトのインクペン、透明の塗りつぶし、鉛筆を使いました。コンセプツのツールとレイヤーを使うと、とても効率的なフローで作業できます。特に、レイヤーの自動並べ替え機能が気に入っています。

また、ボトルメーカー他社の広告を研究するために、Texture を使っていろいろな媒体から写真を集め、既存商品のスナップショットを作りました。Textureは雑誌の定期購読アプリで、月額16ドルであらゆるジャンルの雑誌が読み放題になるサービスです。このアプリは、iPad Proを使用したりリサーチをする際に、高解像度のスクリーンショットをリファレンスに使うことができるのでとても便利です。

リファレンスシートとスケッチ

写真をコンセプトに直接ドラッグしてリファレンスシートを作成し、商品のデザインや長所・短所などを研究してから、代替案を描きました。コンセプトでは、サムネイルをキャンバスに配置して、その隣でスケッチできるところがとても気に入っています。実際の商品を参考にしつつ、そのすぐ隣で新しいアイデアを想像し、創出することができます。

デザインスケッチ

上のスケッチを見ると、いかに多くのアイデアやスケッチが出たかが分かりますね。当時はピッチャーの製作も検討したのですが、ボトルの開発に専念することにしました。このラフスケッチでは、ペンで簡単にスケッチしてから、陰影をつけるために塗りつぶしを重ね、明るい部分を白抜きしました。テクスチャーやキャラクターを加えるために鉛筆を入れたところもあります。このフローは楽しくて夢中になりました。

グロールシュのビール瓶の蓋からインスピレーション

上の画像中央にあるグロールシュのビール瓶の蓋は、私たちのデザインのインスピレーションになりました。「金属製で、洗いやすく、開閉しやすい」、私たちが目指したのはこのシンプルさでした。

デザインを確定した後は、改良ループに進み、デザインの詳細を研究し詰めていきました。ここではさらに多くのスケッチが必要になります。3D CADで初期コンセプトをマッピングし、KeyShotなどでレンダリングし、スナップショットを撮ってコンセプトに戻し、さらにメモを取りました。模型の写真を撮っては、その上にスケッチを重ねました。

デザインディスカッションのためにコンセプトに取り込まれた3Dモデルの写真

最も複雑だったのは、蓋とストローの部分です。ワークショップを設けて、飲み口のアイデアを出し合ったり、ストローを蓋に収納する方法やアクセサリーリングの使い方について話し合ったりしました。この部分に関しては、チームで試作的なスケッチを何枚も作成しましたね。打ち合わせしながら、ホワイトボードにいろいろと描き込んでいました。打ち合わせが終わると、私がホワイトボードのスクリーンショットを撮って、コンセプトに取り込み、チーム全員で考えたアイデアをさらに広げていきました。スケッチと写真のループを繰り返し、写真の上にスケッチを重ねることで、細部の探究をスピーディーに行うことができました。ときには、この状態でそのままエンジニア部門に渡して、CADで3Dモデルを作成してもらうこともありました。

デザインプロトタイプのイテレーション

改善と改良のループを何度も何度も繰り返し、さらにメモを取り、プロトタイプと3Dプリントでテストを続けました。それからさらにスケッチを作成し、試作品を評価し、ボトルの開閉や洗浄、飲むときや給水するときの使い心地など、顧客体験を検証してから、製品のブラインドテストを実施しました。ボトルに対する消費者の意見を把握するために、3つの異なる顧客体験をテストし、ターゲット層やブランド定義を話し合いました。作ったものはすべてテストして、製品の方向性、機能性、市場への適合性などを徹底検証しました。

ボトルのフィルターに関しても、利用可能な既存技術をベースにコンセプトを構築し、デザインループ全体を回す必要がありました。私たちは、最高のルック&フィールを持つ製品づくりを目指しました。ボトル本体の形状やモデルがほぼ固まったところで、iPadでスナップショットを撮影し、ボトルデザインにフィルターを直接スケッチしました。

最終的な表面形状については、スペインに拠点を置く世界的なサーフェス・モデラーを起用しました。Indigraph社のRafa Correl氏は、工具製品の最終仕上げ工程の分野で私が長年お世話になった方で、ポルシェ製品のサーフェスを定義し、ジオメトリ開発の世界標準をもたらした人物です。この技術は、コンマ1ミリを争う生産現場で、完璧な表面を作り出します。

フィルターのデザイン

コンセプトは、エンジニアとボトルの細部を詰める際に、素早く意思疎通を図ることができる手段でした。3Dプリントの写真を撮り、その上からチームとスケッチを描きこみました。精密なスケッチを描くためにガイドツールを使うときもあれば、手描きのまま進めるときもありました。アイデアを話し合い、それを絵にすることで、何度も改良を重ねました。その後で、描いた絵をエンジニア部門に送り仕様を出しました。

ボトルの各部分で改良とダイバージェンスを行き来し、試行錯誤を重ねました。実にデザインプロセスとは、スケッチとフローが交錯したものであり、イテレーションのループを繰り返すプロセスです。まるで彫刻のように、デザインを研ぎ澄まし、余分なものを削ぎ落とし、フォーカスとシンプルさを創りあげるのです。

蓋のディテール

ビジュアルプランをもう一度見てもらうと分かりますが、コンセプトは工程ごとに少し異なる使われ方をしています。インスピレーションや競合調査から、製作用のストーリーボードのためのストーリーラインの作成、デザインのアイデア出しやスケッチ作成まで、さまざまな用途に活用されています。その後は改良フェーズに進み、模型を撮影し、ラインやオーバーレイ、ディテールをスケッチしてエンジニア部門に送ります。このように、コンセプトはプロセス全体で終始活用され、ビジョンの実現に貢献してくれました。

完成品のAstreaボトル

試行錯誤の末、あらゆる面で優れた鉛除去フィルター付きの浄水ボトルが完成しました。これは、重金属を除去できる史上初の浄水ボトルです。安物の水筒ではなく、人々がどこでも安心・安全な水を飲むことができる、高品質で信頼できるソリューションです。私たちは、Astreaボトルが人々の健康と生活の質を向上させてくれることを願っています。「Sonicare」が世界最高の電動歯ブラシの世界トップになったように、このボトルも世界最高の水筒だと自負しています。

 


 


バート・マッシー (Bart Massee):  世界中で活躍する画家や建築家の家系に生まれ、ビジュアライゼーションとデザインに情熱を注ぐ。オランダのアイントホーフェン市にあるDesign Academyを1991年に卒業後、フリーランスデザイナーとしてFlevobikeの自転車をはじめ、Terberg、三菱自動車、New Hollandのトラックキャビンのデザインを手掛ける。また多数の雑誌向けに、ビジュアライゼーションやテクニカル・イラストレーションを制作。1997年に米国Insight Product Developmentのプロダクトデザイナーとなり、Thermos、Coleman、Baxter、Accoなどを顧客に抱え、国際的な受賞歴を誇るデザインチームのプリンシパルデザイナーに就任。

2000年にPhilips Design勤務のためオランダに帰国。電動カミソリ「Philips Shavers」の大規模な革新プログラムの策定に貢献。またStefano Marzano氏のチームに加わり、2006年に「Next Simplicity Vision of the Future」プログラムの「Air Puck」のデザインで受賞。Philips Design Health & Wellness部門を率いて、35以上の国際的なデザイン賞と多数の実用新案を獲得し、「Sonicare」を売上3億ドルから10億ドルへのトップブランドへと成長させた。2016年に、ヒューレットパッカードのAdvanced Design部門リーダーに転身。本業のかたわらで、2017年にAstrea Waterのイノベーションボードに参加し、Astreaボトルのデザインプロセスを開始。

またゲームのスタートアップ会社も経営し、生き物のように動く粒子系の研究に基づいたiPad・iPhone向けゲーム実験の設計、プログラム、開発も行う。Oculusを使ったVR探検に情熱を注ぎ、ドローン、ロボティクス、AI、バーチャルイマージョンなどの関連技術に関心を注ぐ。現在は妻と3人の子供とアメリカの太平洋岸北西部に住み、ラジコンヘリやグライダー、ドローンの操縦を楽しむ。

 

インタビュー: Erica Christensen
翻訳: Wakana Nozaki


 

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